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    <title>音楽万歳！</title>
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    <updated>2011-05-17T02:02:46Z</updated>
    <subtitle>音がない死ぬ</subtitle>

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    <title>伝聞と類推　3</title>
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    <summary>伝聞や類推からの批判は、こうした初歩的なチェックがあればすぐ回答できるもののはず...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://toplevel.biz/">
        <![CDATA[<p>伝聞や類推からの批判は、こうした初歩的なチェックがあればすぐ回答できるもののはずです。</p>

<p><br />
悲しかったのは、こうした定型的批判をそのまま日本と日本人にぶっつけるという、日本側の報道が多いことでした。</p>

<p><br />
「日・タイ経済セミナーを聞いて」と題する新聞記事がありました。</p>

<p><br />
タイ側の批判をそのまま記事にしていました。</p>

<p><br />
大新聞ともあろうものが、何故こうした記事を載せるのか。</p>

<p><br />
タイ側の誤解を解くことも新聞記者の務めではないのか。</p>

<p><br />
セミナーは「聞く」ものではなく、「参加」し「発言」するためのものではないでしょうか。</p>

<p><br />
タイ側の誤解をもとにした日本反省論は正しいのか・・・。</p>

<p><br />
・・・あまりのひどさに東京本社に投書しました。</p>

<p><br />
もちろん、投稿原稿は見事に没となりました。</p>

<p><br />
かつて『毎日新聞』のバンコク特派員をされたある氏は『裏から見た反日運動』でこうした風潮を「借り着の批判」と呼び、鋭く論断されました。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>伝聞と類推　2</title>
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    <summary>日本企業が、資本財や中間原材料を輸入する第一の理由は、タイで信頼できる製品がない...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://toplevel.biz/">
        <![CDATA[<p>日本企業が、資本財や中間原材料を輸入する第一の理由は、タイで信頼できる製品がないからです。</p>

<p><br />
しかしこの議論は、日系企業が子会社をつくればいいとか、技術指導すればいいという反論になるでしょう。</p>

<p><br />
しかし、もっと大きな理由は税制にあります。</p>

<p><br />
輸入税とビジネス・タックスといわれる税との関係で、輸入財の方が安くなるからです。</p>

<p><br />
税率はほぼ同じですが、輸入税は輸入価格にかかり、ビジネス・タックスの方は販売価格にかかります。</p>

<p><br />
これだけでも国産品の方が高くつくのです。</p>

<p><br />
しかも、ビジネス・タックスは売上高税に近く、加工段階を通るたびに課税されます。</p>

<p><br />
国内企業から加工度の高い部品を調達しようとすれば、何度も課せられる税のためいちじるしく高価なものになり、品質、納期などによほどの信頼性がなければ、国産品を使うのは難しいのです。</p>

<p><br />
利益送金についても、中央銀行の統計では、投資残高の少ないアメリカなどの方が日本企業の送金よりはるかに巨額であり、明らかに日本企業の方が再投資に積極的です。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>伝聞と類推</title>
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    <summary>比喩的発言も引用されつづけるにつれ、いつの間にか事実として受け取られてしまいます...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://toplevel.biz/">
        <![CDATA[<p>比喩的発言も引用されつづけるにつれ、いつの間にか事実として受け取られてしまいます。</p>

<p><br />
また、類推による発言も多いです。</p>

<p><br />
ある行動を見て、裏に何かがあるに違いないとするのです。</p>

<p><br />
たとえばタイに円借款がだされます。</p>

<p><br />
低金利であるとすれば、日本の企業に落ちるようになっているに違いありません。</p>

<p><br />
日本が損をするはずはない、と。</p>

<p><br />
もっとも多い定型的批判は、日本企業は資本財はおろか、中間原材料まで日本から輸入し、タイ産品を使わない、タイで得た利益は送金し、再投資しない、また技術移転に積極的でない、などでした。</p>

<p><br />
たしかにそうかもしれません。</p>

<p><br />
しかし、その理由も考えなければならないのではないでしょうか。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>ある学者の生涯　3</title>
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    <summary>このサイクルで働く熱機関の効率は、高低温間の温度差と高温度との比です。スターリン...</summary>
    </mt:EntryTags></mt:EntryIfTagged>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://toplevel.biz/">
        <![CDATA[このサイクルで働く熱機関の効率は、高低温間の温度差と高温度との比です。<br /><br /><br />スターリング・サイクルあるいはブレイトン・サイクルといわれます。<br /><br /><br />これはカルノー・サイクルを基にしており、内燃機関がオットー・サイクルやディーゼル・サイクルに由っているのに似ています。<br /><br /><br />この輝かしい労作はクラウジウスやケルビンなど後代の大科学者の基を据えた・この研究が熱力学の第1法則や第2法則が確立する前になされたのは特筆に価します。<br /><br /><br />クラペイロンが1834年にこの著書を引合いに出したのを除けば、ほとんどの人はカルノーのこの偉大な論文に注目しませんでした。<br /><br /><br />けれども疑いもなく彼はこの世紀最大の栄えある熱力学者であるといえます。<br /><br /><br />この優れた人物がわずか36歳の若さで世を去ったことは科学と技術にとってこのうえない悲劇という他はありません。<br /><br /><br />1832年6月の終りごろ、おそらく過労のせいでカルノーは病にかかり、少しは回復したように見えましたが、コレラのために8月24日に亡くなりました。<br /><br /><br /><br />]]>
        
    </content>
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    <title>ある学者の生涯　2</title>
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    <summary>彼の興味はすぐに熱の研究に移り、1824年、28歳のとき不朽の労作「Reflex...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://toplevel.biz/">
        <![CDATA[彼の興味はすぐに熱の研究に移り、1824年、28歳のとき不朽の労作「Reflexions　sur　la　Puissance　Motriced　e　Feu(火の動力に関する考察)」を著しました。<br /><br /><br />この中には非常に独創的な考えが含まれていて、これによって彼は「熱力学の父」と呼ばれます。<br /><br /><br />熱機関はすでにイギリスの技術者たちによってほとんど完成の域まで達してはいたけれども、熱機関の理論的な解析は何もなされていませんでした。<br /><br /><br />カルノーはこれに着目して、その工業上の潜在能力について考えを馳せました。<br /><br /><br />この不朽の労作がその後20年も人の注目を惹かなかったのはカルノーにとって残念なことでしたが、ついにケルビン卿がこれを発見。<br /><br /><br />熱機関の開発のためではなく物質の性質に関する計算の参考にするためにこの本の価値を見出しました。<br /><br /><br />この書「考察」の中でカルノーは、ある熱サイクルですべての熱がある一定の高温において供給され、他の一定の低温において外部に吐き出されるとき、熱サイクルの効率は最大になることを示しました。<br /><br /><br />したがってこのサイクル(カルノー・サイクルという)では、2つの「等温」過程と熱の出入りのない「断熱」過程により作動流体の圧縮と膨張が行われます。<br /><br /><br /><br />]]>
        
    </content>
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    <title>ある学者の生涯</title>
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    <summary>サディ・カルノーは1796年6月1日、有名人を多く輩出したパリの名家に生まれまし...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://toplevel.biz/">
        <![CDATA[サディ・カルノーは1796年6月1日、有名人を多く輩出したパリの名家に生まれました。<br /><br /><br />父ラザールは勲功のある将軍かつ軍事技術者でナポレォン・ボナパルトのもとで軍事大臣になったほどの人物でしたが、国家に対する陰謀の失敗にからんで失脚。<br /><br /><br />マグデブルクに追放されそこで死んでいます。<br /><br /><br />サディの兄ラザール・イポリートは著名な共和派の政治家で一時はフランスの文部大臣を務めました。<br /><br /><br />ラザール・イポリートの息子マリー・フランソワもやはり政治家であって、フランス共和国の大統領の位につき名声を博しました。<br /><br /><br />・・・けれども彼はイタリアの無政府主義者の手にかかり、壮絶な死を遂げています。<br /><br /><br />サディ・カルノーの名前は、父が尊敬していたペルシャの詩人サディの名をとって付けられました。<br /><br /><br />彼はパリの高等理工科学校(エコル・ポリテクニク)に入学しましたが、この学校は当時では世界最高の科学教育機関で、彼はここで軍事技術を学びました。<br /><br /><br /><br />]]>
        
    </content>
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    <title>近代科学の運・偶然考</title>
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    <summary> 古い一連の思考は新しく復活しました。 ちょうど古代のローマのストア学派たちが、...</summary>
    </mt:EntryTags></mt:EntryIfTagged>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://toplevel.biz/">
        <![CDATA[<p><br />
古い一連の思考は新しく復活しました。</p>

<p><br />
ちょうど古代のローマのストア学派たちが、理性の軽視を歎いて、それはフォルチュナ女神の崇拝が原因であると見たのと同じように・・・。</p>

<p><br />
そして、この面をもっと深く広くかんがえることによって、運や偶然に対する近代科学の態度を見透す道がつきますが、それについては別の機会に触れることにします。</p>

<p><br />
哲学者・科学者たちのほかにも、なお運を尊重するのに反対する有力な反対者がありました。</p>

<p><br />
鋭敏・賢明な専政君主たち、政治家たち・・・</p>

<p><br />
その他の権力者たちはしばしば、もっぱら実際的な理由から世俗一般の運の信仰に対して眉をひそめる傾向があったのです。</p>

<p><br />
もし世のなかの平凡な人間どもが、幸運というものの一触で、自分の生まれついたのでない優越した境遇(富とか権力とか)を獲得できるかも知れないという事実に気がついたら、それは大きな危険であると彼らはかんがえたのです。</p>

<p><br />
むろん、この考えを皮肉に逆用した統治者はめずらしくありません。</p>

<p><br />
<a href="http://www.uranai-king.com" target="_blank">電話での占いはココ</a>です。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

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    <title>江戸時代の時計　2</title>
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    <id>tag:toplevel.biz,2011://3.359</id>
    <summary>地主の収入は大きな要因でしたが・・・ 私は鐘の素材であった銅の生産との関係が重要...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://toplevel.biz/">
        <![CDATA[<p>地主の収入は大きな要因でしたが・・・</p>

<p><br />
私は鐘の素材であった銅の生産との関係が重要であったのではないかと考えています。</p>

<p><br />
・・・というのは、日本の梵鐘・時鐘のほとんどすべてが青銅の鋳造品で、青銅は銅86%、錫14%内外の合金だからです。</p>

<p><br />
それにしても生産された鐘の数が3万ないし5万というのも意外と大量にのぼりますが・・・</p>

<p><br />
それも17世紀後半から17世紀末の時代に集中しているとなると、この時代に大量の銅生産がなければとうてい鋳造が困難であったにちがいません。</p>

<p><br />
それでは果たしてこの時代の日本にそれだけの銅が産出したのでしょうか。</p>

<p><br />
ともかく鐘の問題は、日本の銅生産がまず一つの決め手になるのではないでしょうか。</p>

<p><br />
ちなみに当時は<a href="http://www.smart-time.net/?mode=cate&cbid=769585&csid=0" target="_blank">D&G 時計</a>のようなおしゃれな腕時計はまだありませんでした。</p>

<p><br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>江戸時代の時計</title>
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    <summary>江戸時代の梵鐘の生産は、坪井氏によれば・・・ 「天下泰平の世が続くにしたがってし...</summary>
    </mt:EntryTags></mt:EntryIfTagged>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://toplevel.biz/">
        <![CDATA[<p>江戸時代の梵鐘の生産は、坪井氏によれば・・・</p>

<p><br />
「天下泰平の世が続くにしたがってしだいに多く鋳造されることになり、17世紀の中葉寛文の頃から急激に増加し、元禄時代になって最高潮に達した」。</p>

<p><br />
・・・元禄期は戦国時代に荒廃した社寺の創再建時代に当たっていました。</p>

<p><br />
また幕府がその宗教体制として全国的に檀家制度.菩提寺院を確立したのも元禄時代でした。</p>

<p><br />
その後享保年中(1716～25)にはやや減退しますが・・・</p>

<p><br />
18世紀中ごろ宝暦の前後にふたたび高潮期を迎え、以後ふたたび退潮期に入るといいます。</p>

<p><br />
こうした梵鐘鋳造数の変動は、米価の動きと相関関係にあったとするのが坪井氏の見解です。</p>

<p><br />
つまり施主旦那の懐工合によって鋳造が左右されたため、米価が高騰したときに多くの梵鐘が鋳造され・・・</p>

<p><br />
米価が低落したときに鋳造が手控えられたというわけです。</p>

<p><br />
これはまだ<a href="http://www.smart-time.net/?mode=cate&cbid=769585&csid=0" target="_blank">D&G 時計</a>のような腕時計が一般に普及していない頃の話です。</p>

<p><br />
</p>]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>都市の情報化　3</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://toplevel.biz/2011/08/3-2.html" />
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    <summary>まずインテリジェントビルの要素としてOA化を考えてみましょう。 例えば今後、ワー...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://toplevel.biz/">
        <![CDATA[<p>まずインテリジェントビルの要素としてOA化を考えてみましょう。</p>

<p><br />
例えば今後、ワークステーションなどが会社の中に非常にたくさん入ってきます。</p>

<p><br />
・・・そうなれば、ワークステーション同士を結びつけて相互をネットワークするようなワイヤーリング、いわゆる通信のコードが電源のコンセントのコードの他に必要になるわけてす。</p>

<p><br />
こういうものに対して今までは、ビル側での設備があまりなれていなかったから、ワークステーションが入ると足がひっかかってしようがないという現実的な問題が実は出るわけです。</p>

<p><br />
・・・そのため、例えば二重床にするとか、床をコンピュータの荷重に耐えられるようにするかとか、光ファイバーがビルの中を走り回るようにするとか。</p>

<p><br />
そのためのスペースをちゃんと用意していくとか、建築の設備そのものをインテリジェント化に対応するようにする必要がでてきています。</p>

<p><br />
こうした建築的な対応では従来、インテリジェントビルと言われて建設されているものは大体要件を満たしてきています。</p>

<p><br />
しかしその中で本当に情報ネットワークが構築されて、インテリジェントビルらしい使い方がされているかというと、まだそこまでは至っていません。</p>

<p><br />
PBX、LAN、テレビ会議システム、電子メール、ビデオテックス等は通常ニューメディアと言って何年も前から騒がれてきたものですが、それらの導入率は非常に低いのが現状です。</p>

<p><br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>都市の情報化　2</title>
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    <summary>主要なインテリジェントビルは全国で63棟あります。 このうち65%が首都圏に集中...</summary>
    </mt:EntryTags></mt:EntryIfTagged>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://toplevel.biz/">
        <![CDATA[<p>主要なインテリジェントビルは全国で63棟あります。</p>

<p><br />
このうち65%が首都圏に集中しており、しかも東京都心に44%が集中しています。</p>

<p><br />
東京集中がいろいろな面で言われていますが、インテリジェントビルの側面から見ても、日本では東京集中の傾向が強く出ています。</p>

<p><br />
インテリジェントビルの発祥はアメリカですが・・・</p>

<p><br />
アメリカではダラス等のサンベルトの地帯にインテリジェントビルが出てきておりまして、高機能なビルが分散しているのが特徴ですが、日本の場合はやはりこういったものも東京集中で進んでいるのです。</p>

<p><br />
では、インテリジェントビル建設の動機ですが、これは自社ビルと賃貸ビルとでは動機が若干違います。</p>

<p><br />
自社ビルの場合は、やはり業務を効率化していきたいとか、高度な業務、サービスの実施がインテリジェントビルならできるとか、本社ビルをインテリジェントビルにすれば非常に企業イメージが上がるといったのが、大体動機の中心にあります。</p>

<p><br />
一方、テナントビル、賃貸ビルの場合では、ビルの付加価値を高めて安定した入居者を得たいというのが建設の動機になっています。</p>

<p><br />
ビルの付加価値を高めるということも、やはり業務の効率化につながれば、そのテナントにとっては喜ばしいわけですから、そういうビルにテナントは入りたがるもの。</p>

<p><br />
結局、ほとんど同じような動機になっているのではないかなと思っています。</p>

<p><br />
ただ、63のビルを調査すると、インテリジェントビルというのは情報化時代で非常に華々しい存在として、これまで理想像が描かれていたのですが、日本ではその理想像にまだちょっと遠いという実態があります。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>都市の情報化</title>
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    <summary>最近ではとくに東京のオフィス需要増を踏まえ、臨海部の再開発が話題になり、いろいろ...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://toplevel.biz/">
        <![CDATA[<p>最近ではとくに東京のオフィス需要増を踏まえ、臨海部の再開発が話題になり、いろいろなフロジェクトが提案されています。</p>

<p><br />
これには国際化、情報化等の経済的な背景と、現実に臨海部の土地が余っていることで、需給がうまく合い着目を浴びているのだろうと思います。</p>

<p><br />
都市の情報化について、いろいろなことが言われいますが、まず都市は何でできているかと言えば、すぐ思い浮かぶのは建物がいっぱいあるところです。</p>

<p><br />
都市の大きな要素は建物です、そういう建物は道路、電話、エネルギー等のネットワークで結ばれているわけですから、ネットワークというものも都市の大きな要素の一つとなっています。</p>

<p><br />
建物とネットワークか情報化でどのように進んでいるかを見ると、都市の情報化について解明できそうだ、という気がするわけです。</p>

<p><br />
では、建物についてどの程度情報化が進んでいるかということを見ると、ちょうど3年ぐらい前から話題になっているインテリジェントビルについて検討するとわかりやすいと思います。</p>

<p><br />
オフィスワークがOA化してくると、それに対応するには建物がインテリジェントでないとだめだということが言われ、最近ではインテリジェントビルの建設が増えています。</p>

<p><br />
昭和62年に、建設省でインテリジェントビルの調査を行いました。</p>

<p><br />
これはビルのオーナーに対する実態調査とインテリジェントビルを利用しているテナントに対する実態調査と両方やってみたものです。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>都市の計画とは</title>
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    <summary>開発の第一ステージは大体平成3年を目安にしていました。 東京湾連絡橋か完成し、同...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://toplevel.biz/">
        <![CDATA[<p>開発の第一ステージは大体平成3年を目安にしていました。</p>

<p><br />
東京湾連絡橋か完成し、同時に新交通システムが入れば、一部のビルが先行的に建設できます。</p>

<p><br />
東京テレポートで発表したときのテレコムセンターをまず最初の段階でつくる。</p>

<p><br />
国際衛星通信用、あるいは国内衛星通信用のアンテナ群を乗せる集約的なルーフトップ型の配置を考えています。</p>

<p><br />
合わせて地域内の情報通信系の整備を進める。</p>

<p><br />
あと何棟かのインテリジェントビルが建てばいいのです。</p>

<p><br />
もう一つは、国際展示場を、昭和68年度にあわせて晴海から移転する。</p>

<p><br />
この2つをきっかけにして開発を進めるのです。</p>

<p><br />
第ニステージとしては、2000年あたりに、都市基盤はおおむね達成しました。</p>

<p><br />
それから、2012年ぐらいに全体の街が完成をするという考えです。</p>

<p><br />
非常に息の長い計画のようですが、振り返って、従来の都市づくりは、ヨーロッパでも同じですが、大体30年ぐらいかかっているわけです。</p>

<p><br />
新宿でも都庁が行ってやっと30年めに完成するものです。</p>

<p><br />
都市の計画とは、こうした長期的視点をもって進めていくことが、将来的にも肝要であると考えているわけです。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

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    <title>排除の構造</title>
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    <summary>排除の構造には大別して二通りのものがあります。 ひとつは立体的な排除の構造、もう...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://toplevel.biz/">
        <![CDATA[<p>排除の構造には大別して二通りのものがあります。</p>

<p><br />
ひとつは立体的な排除の構造、もうひとつは平面的な排除の構造。</p>

<p><br />
排除ゲームの参加者たちはいずれの場合にもおのれの存在確保を目的としていますが、その確保手続きを異にするわけです。</p>

<p><br />
まず立体的な排除の構造というのは、その原理としてはマルクスが価値形態論で展開したことに尽きています。</p>

<p><br />
商品たちがおのれの商品としての存在を確保するために、寄ってたかって(=共同主観的に)ある特定の商品を特権的な地位に祭り上げ、そうすることでその特定商品にゾチアーレ・マハト(社会力)を持たせる。</p>

<p><br />
その特定商品は他の商品たち全員から交換を求められる(目支持される)立場にあることによって、それ自体で社会的な通用力をもつ。</p>

<p><br />
・・・商品たちは、いったんそのような特権者(つまりは貨幣)をつくり出しておいたうえで、この特権者と関係する、すなわち交換関係を結ぶことによって、おのれの社会的通用力を確保します。</p>

<p><br />
実際に社会的通用力を確保できる(11売れる)かどうかは特権者サイド(商品の買い手)の意向次第なのです。</p>

<p><br />
少なくとも、商品たちがおのれの社会的通用力(11社会的存在)を確保するための機構はすでにそこに成立しています。</p>

<p><br />
商品たちは元来は同一平面にうごめく、なお売れるための機構をもたぬ非社会的な存在でしかなかったけれども、共同の力で、そこに、ある特権者を頂く立体構造をつくり出すことによって、言い換えると・・・</p>

<p><br />
一者を除いてはみな特権者に成り上がることを断念することによって、かえっておのれの社会的存在を確保します。</p>

<p><br />
このような論理構造をもつ価値形態論は、ゾチアーレ・マハトの存立構造を一般的にも明らかにするものとして、まこと、神秘開示的な魅力をもっています。</p>

<p><br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>「個性」は買うものではない</title>
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        <![CDATA[<p>連帯を求めず、孤立を恐れ、そしてこんな調子の「個性」とやらを追い求めています。</p>

<p><br />
「個性」という言葉が氾濫しているのは、実質の不在を示す証左にほかならないでしょう。</p>

<p><br />
さて、話を元へもどすと、孤立化への恐怖や仲間づくりへの強迫観念にもとつく仲間づくりとは、いったい何なのでしょうか。</p>

<p><br />
人間が「とほうもない期待」の海に浮かぶ藻くずのごとき存在状態にあることの一具体相として、「自分」という存在が仲間の一員であることによってしか維持されないという状況があります。</p>

<p><br />
そういう仲間づくり、仲間入りはしかし、だれかを仲間外れにすることをその半面に伴っています。</p>

<p><br />
首尾よく仲間の一員たりえた者は苦労して栄冠を勝ちえた者にほかならず、ある種の優越意識をいだいている点ではいわゆる一流校の合格者と同類です。</p>

<p><br />
しかし、そこには、他者を排除することがつねに付きまといます。</p>

<p><br />
そうした仲間入り意識や合格者意識は「いじめ」の心性と同根のものなのです。</p>

<p><br />
いじめは、仲間入りや合格を陽画とする陰画にほかなりません。</p>]]>
        
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