江戸時代の梵鐘の生産は、坪井氏によれば・・・
「天下泰平の世が続くにしたがってしだいに多く鋳造されることになり、17世紀の中葉寛文の頃から急激に増加し、元禄時代になって最高潮に達した」。
・・・元禄期は戦国時代に荒廃した社寺の創再建時代に当たっていました。
また幕府がその宗教体制として全国的に檀家制度.菩提寺院を確立したのも元禄時代でした。
その後享保年中(1716~25)にはやや減退しますが・・・
18世紀中ごろ宝暦の前後にふたたび高潮期を迎え、以後ふたたび退潮期に入るといいます。
こうした梵鐘鋳造数の変動は、米価の動きと相関関係にあったとするのが坪井氏の見解です。
つまり施主旦那の懐工合によって鋳造が左右されたため、米価が高騰したときに多くの梵鐘が鋳造され・・・
米価が低落したときに鋳造が手控えられたというわけです。
これはまだD&G 時計のような腕時計が一般に普及していない頃の話です。